私、日記を書きます。

心のべんきょーをしながら、好きなことして生きてます

日常の一コマ

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[タラの芽。茹でてそのまま。美味しかった。]

新しく住む町の方にシェアカーシステム(Anyca)で何度か車を借りました。
返却する際、少し立ち話をしていたのですが、そこでのこと。
私が「今日は種屋に行ってみます。できたら自然農のやり方でやりたいのです。今は初心者なのでそうでなくともいい。ただ少しでもそういうやり方に近くできたらと思っています。」と言うと、
相手の方が「どこどこの何とかさんが、そういうのやってたよね。種もらえるか聞いてみよっか?」とおっしゃりました。
私は、「ほんとですか、ありがとうございます。聞いてみてもらえますかお願いします。」とは言わず、「いやー、でも、なんとかかんとか。」と言って話を進めなかった。
その場を後にして一人になってから、「あぁ、あれはチャンスを逃すタイプ(の話し方)だ。」と反省し、「やってしまったー。」という気持ちになりました。

これは良かったのか?または失敗だったのか?

その言い方(コミュニケーションの取り方の癖、思考の癖)は失敗だったかもしれない。
ただ、種をもらうかについては、貰わないで良かったのだと思う。

自然栽培がいいと思っている。
でも私は畑をやるのは初心者で、最初に自然農をやっている誰かのところに教わりに行ってどっぷり浸かるのはしない選択をした。教わるより、自分で(分からないながらも)やって経験してしまう方がいいと判断したからだ。
そうなると、自分で自然農でやって野菜を充分収穫するのは難しい。
まずは、「野菜を自分で作りたい。」という気持ちが発端なので、少しは化学的なものを使うやり方でも自分で(畑の周りにいる人=自然栽培ではない人に育て方を教わりつつ)作ろう、というところなのだ。

自分に無理のない、がんばりすぎない、理想を追いすぎないやり方で、出来ることをやっていく。
そうして進んでいく。